ゲルマニッシェ ハイルクンデ®の発見者であり熟達したマイスターであった

ハーマー博士の生誕記念日 2023年

フォルカーの献辞 2023年5月17日 ハーマー博士の墓前にて

ここゲーアドのお墓の前に立つとき、これまではいつも深い悲しみに包まれました。ここ、最後の安住の地までゲーアドにお供した日のことを思い出すのです。それは私たちがこの先どうすれば良いか全くわからなくなった、あふれる涙と悲しみの日でした。全くの空虚でした。大勢の患者さんたちが、墓穴に納められたお棺の前に進み、ゲーアドがどのように彼らを助けたか、ゲーアドのおかげでどのように彼らが自分たちの命を救えたのかを、ただただ感謝の言葉をもって語ってくれたことを思い出します。

年を重ねるたび、悲しみは薄れ、感謝の念が増して行きます。感謝の気持ちはまず、彼がゲルマニッシェ ハイルクンデを我々に贈ってくれたこと、それを彼の言葉で我々に解き明かしてくれたことです。すべてゲルマニッシェ ハイルクンデに関する一文一文に彼の人となりが刻まれています。私たちの感謝の気持ちは大変個人的なものです。それは私たちが彼の人生の一部を共にすることを許されたためであり、彼が私たちに信頼を置いてくれたからです。私の感謝は個人的なものです。私が2度3度法廷で彼の代理人として立っことを許されたことさえありました。彼がこう言ったとき、それは私にとって大変大きな喜びでした:「フォルカー、僕はゲーアドだ、博士は省略しよう。僕は君と同じ、ミヒャエラと同じ、全く普通の人間で、我ら皆全く同じなんだよ。僕は幸運にもこの神様からの贈り物をこの膝の上に置かれた-ディルクの死を通して、たからそれを人々にそのまま手渡したのだよ。」

また、彼を個人的に知っていた人々が...ゲルマニッシェ ハイルクンデをさらに伝えていくことだけではなく、また彼がどんな人間だったのかということを伝えることは、非常に重要なことです。このゲルマニッシェ ハイルクンデの背景にはどんな人が居るのか?それはハーマー博士と引き離しては考えられないものです。当時から、この人が居なくなくなったら、とても多くの小粒どもが大きな顔をしてしゃしゃり出ようとすることが、私たちにはすでにはっきりと分っていました。それはしかし、ゲルマニッシェ ハイルクンデにおいて真実を語るものだけが、常に人を制します。絶対です!また私は君たちが覚醒した目で人生に臨むよう、覚醒した目で、さらにゲルマニッシェ ハイルクンデに取り組むよう望んでいます。ボナとボナを囲む女性たちが、目覚ましい働きをしています。誠心誠意の仕事をしています。ゲーアドは言うことでしょう:「君たち、すべてとても良くやっているよ」だから信頼して良いのです。そのときは来る。きっとうまく行きます。

ゲーアドはまたこうも言いました:「我々はゲルマニッシェ ハイルクンデを、機能する社会でしか実践できない。」私は、私たちがこの社会を構築するために、ゲルマニッシェ ハイルクンデが必要なのだとさえ考えます。そして現在エヴァが彼女の学習プログラムでしていること:私たちはそれを家族の間で伝えていかなければなりません。そこで下から順に実を結んでいかなければなりません。そしてただそのようにしか、まともな社会は起こらず、またそこに存続できません。そしてそこから他のものが崩れ去ります。そのようにしかなり得ません。それはトランプカードで作った家のように、崩れていくのです。それはただの嘘で作ったカードの家です。ハーマー博士は常にこの嘘と戦い続け、また現在ではその嘘に立ち向かうということが何を意味しているのかを、ボナとその作業グループ(作業チーム)が一番に実感し始めています。この嘘は実質の中に入り込んでいます。そこではそれに対して防戦しなくてはなりません。夜な夜なそれに取り組み、態度の表明を文書にし、しかしそれもしなくてはならないことです。そして、また何度も何度も続いていきます...君たちは出版社を信頼してください。ボナに、そして作業チームに信頼を寄せてください。現在すべてハーマー博士が望んだように進んでいます。絶対確かです。親しい親類と知り合いの間で、勇気をもって、それを伝えていくことです。そうすることで、またただそのようにしか、出版社がこのまま存続していくことはできないのです。

そして勇気は全員が自分自身で鼓舞しなくてはなりません。ゲルマニッシェ ハイルクンデを正しいと思ったからといって、そのことでもし友達を失ったら?彼は友達であるための価値がなかったのです。危機の時が襲ってきたら、彼は決して真の友達であり続けることはないでしょう。だから勇気を持とう...ハーマー博士はこの勇気を常に一生の間持ち続け、そして毎年春には言われました:「クロッカスが咲く時...」希望を持つように。それがいつになるとしても、変革の時は必ず来る。嘘は瓦解します。私は確信しています。信頼してください。

こんなに大勢来てくれて良かった。素晴らしいです。ありがとうございました。

 


ハーマー博士の88歳の生誕記念の栄誉を捧げ、ハーマー博士は音楽と歌を大変愛していましたので、私たちはすべての参加者を青空の元、音楽でお祝いの輪にまとめたいと思いました。そうして私たちは一緒に「Mein Studentenmädchen、私の女子学生さん(仮称)」と、その他にもドイツ語のフォークソングを歌いました。ある歌の歌詞(Kein schöner' Land in dieser Zeit)が大変心に残りました。私たちとゲルマニッシェ ハイルクンデのために書かれたようだったからです。

 

1. Kein schöner' Land in dieser Zeit,
als hier das unsre weit und breit,
wo wir uns finden
wohl unter Linden
zur Abendzeit.

(この時代にここより素敵な国はない、僕らのこの見渡す限りのここより、夕べに菩提樹の下で安らぐ、僕らの居るところより。)

 

4.Nun, Brüder, eine gute Nacht,
der Herr im hohen Himmel wacht!
In seiner Güten
uns zu behüten
ist er bedacht.

(兄弟たちよ、やすらかにおやすみ 、主は空の高みで見守ってくださる!善におわします、お守りくださる、思慮深いお方。)

2.Da haben wir so manche Stund'
gesessen wohl in froher Rund'
und taten singen;
die Lieder klingen
im Eichengrund. 

(長い時間を、楽しく輪になって座り、そして歌い;歌声響かせる、樫の木の下で。)

5. Ihr Brüder wißt, was uns vereint,
eine andre Sonne hell uns scheint;
in ihr wir leben,
zu ihr wir streben
als die Gemeind'.

(兄弟たちよ知っているだろう、僕らを一つにするものを、もう一つの太陽が明るく輝き;その中で僕らが生き、そこへと僕らが目指す、共に暮らす仲間として。)

 

3.wir uns hier in diesem Tal
noch treffen so viel hundertmal,
Gott mag es schenken,
Gott mag es lenken,
er hat die Gnad'.

( 僕らのこの谷で、まだ何百回も集うよ、神が恵みたもう、神が導きたもう、神のお慈悲で。)

Druck 1840

私たちがまだ何百回もハーマー博士の生誕記念日に集うことができますように、私たちがハーマー博士と息子ディルクの遺産を汚されることなく次の世代に伝えることができるよう、お護り下さい。